Kron関数の働き・役割
Kron関数は、行列同士、行列とベクトル、ベクトル同士などの「クロネッカー積」と呼ばれる計算を行い、新しい行列を作成するために使用されます。この関数は、MQL5での数値計算やデータの構造化に役立ちます。
クロネッカー積とは
クロネッカー積は、数学で使われる特殊な行列の計算方法の一つです。具体的には、2つの行列またはベクトルを使って、新しい大きな行列を作り出す方法です。
イメージとしては、元の行列やベクトルの各要素を取り出し、それにもう一方の行列やベクトル全体を掛け合わせて作られる「ブロック行列」のようなものです。
例えば、次の2つの小さな行列があるとします。
行列A:
[1 2]
[3 4]
行列B:
[0 5]
[6 7]
クロネッカー積を計算すると、次のような新しい行列ができます。
[1×B 2×B]
[3×B 4×B]
=
[0 5 0 10]
[6 7 12 14]
[0 15 0 20]
[18 21 24 28]
それぞれの計算過程を具体的に見ていきましょう。
1 * [0 5] = [0 5]
[6 7] [6 7]
3 * [0 5] = [0 15]
[6 7] [18 21]
3 * [0 5] = [0 15]
[6 7] [18 21]
4 * [0 5] = [0 20]
[6 7] [24 28]
最終結果:
[0 5 0 10]
[6 7 12 14]
[0 15 0 20]
[18 21 24 28]
これがクロネッカー積の結果です。このように、行列A の各要素に行列B を掛け、その結果を順に並べていく形で新しい行列を作ります。
Kron関数の引数について
Kron関数は、呼び出し元の行列やベクトルを基に、指定された行列やベクトルとのクロネッカー積を計算します。
行列同士のクロネッカー積
matrix matrix::Kron(
const matrix& b // 2番目の行列
);
行列同士のクロネッカー積を計算する場合、呼び出し元の行列からKron関数を呼び出し、もう一つの行列を引数として指定します。
呼び出し元の行列の各要素と、引数で指定した行列全体を掛け合わせて、新しい行列を生成します。
例えば、行列AからKron関数を呼び出し、引数として行列Bを渡すとします。この場合、Aの各要素を用いて行列Bとのクロネッカー積が計算されます。
行列とベクトルのクロネッカー積
matrix matrix::Kron(
const vector& b // ベクトル
);
行列とベクトルのクロネッカー積を計算する場合、呼び出し元の行列からKron関数を呼び出し、引数としてベクトルを指定します。
行列の各要素とベクトルの各要素を掛け合わせて、新しい行列を生成します。例えば、行列AからKron関数を呼び出し、引数にベクトルVを指定すると、Aの各要素にVが掛け合わされて結果が作られます。
ベクトルと行列のクロネッカー積
matrix vector::Kron(
const matrix& b // 行列
);
ベクトルと行列のクロネッカー積を計算する場合、呼び出し元のベクトルからKron関数を呼び出し、引数として行列を指定します。
ベクトルの各要素と行列の各要素を掛け合わせ、新しい行列を生成します。例えば、ベクトルVからKron関数を呼び出し、引数として行列Bを指定すると、Vの各要素にBが掛け合わされて結果が作られます。
ベクトル同士のクロネッカー積
matrix vector::Kron(
const vector& b // 2番目のベクトル
);
ベクトル同士のクロネッカー積を計算する場合、呼び出し元のベクトルからKron関数を呼び出し、引数としてもう一つのベクトルを指定します。
呼び出し元のベクトルの各要素と、引数で指定したベクトルの各要素を掛け合わせて、結果を新しい行列として生成します。例えば、ベクトルV1からKron関数を呼び出し、引数にベクトルV2を指定すると、V1とV2の要素を組み合わせた行列が作られます。
共通の特徴
いずれの形式でも、Kron関数は呼び出し元の行列やベクトルのデータを基に、指定された引数とのクロネッカー積を計算します。
結果として、計算に応じた新しい行列が戻されます。
計算の対象となる行列やベクトルの次元によって、結果の行列のサイズが異なる点に注意が必要です。
Kron関数の戻り値について
Kron関数の戻り値は、呼び出し元の行列またはベクトルと、引数で指定された行列またはベクトルとのクロネッカー積を計算して得られる新しい行列です。
戻り値の特徴
- 戻り値は常に行列型で表現されます。呼び出し元のデータ型が行列でもベクトルでも、結果として生成されるのは行列です。
- 戻り値の行列のサイズは、呼び出し元の行列やベクトルのサイズと、引数で指定した行列やベクトルのサイズに依存します。
例えば、
- 呼び出し元が
m × n
の行列で、引数がp × q
の行列の場合、結果の行列は(m × p) × (n × q)
のサイズになります。 - 呼び出し元が
n
次元のベクトルで、引数がm × k
の行列の場合、結果の行列は(n × m) × k
のサイズになります。 - 呼び出し元と引数の両方がベクトルの場合、結果の行列は
n ×
m の行列になります。
具体例
- 行列同士の場合 呼び出し元の行列
A
のサイズが2×3
、引数の行列B
のサイズが2×2
の場合、結果の行列のサイズは(2×2) × (3×2)
となり、4×6
の行列が生成されます。 - 行列とベクトルの場合 呼び出し元の行列
A
のサイズが2×3
、引数のベクトルv
がサイズ2
の場合、結果の行列のサイズは(2×2) × 3
となり、4×3
の行列が生成されます。 - ベクトル同士の場合 呼び出し元のベクトル
v1
がサイズ3
、引数のベクトルv2
がサイズ2
の場合、結果の行列は3×2
の行列になります。
注意点
戻り値は、計算結果を反映した新しい行列として生成されるため、元の行列やベクトルのデータが変更されることはありません。
また、呼び出し元や引数の次元が非常に大きい場合、結果の行列も大きくなるため、メモリ消費に注意する必要があります。
戻り値の行列は、その後の計算や処理に利用可能であり、結果の再利用や表示、さらに複雑な計算への入力として活用できます。
Kron関数を使ったサンプルコード
//+------------------------------------------------------------------+
//| スクリプトのエントリーポイント |
//+------------------------------------------------------------------+
void OnStart()
{
// クロネッカー積のデモを行います。
// まず、行列aと行列b、ベクトルvを定義します。
// 行列aを定義します(2行3列の行列)
matrix a = {{1, 2, 3}, {4, 5, 6}};
// 行列bを定義します。これは2行2列の単位行列(対角成分が1)です。
matrix b = matrix::Identity(2, 2);
// ベクトルvを定義します(要素が1と2のベクトル)
vector v = {1, 2};
// 行列aと行列bのクロネッカー積を計算し、その結果をエキスパートログに出力します。
// a.Kron(b)は、行列aの各要素と行列b全体を掛け合わせた結果の行列を生成します。
Print("行列aと行列bのクロネッカー積の結果:");
Print(a.Kron(b));
// 結果:
// [[1,0,2,0,3,0]
// [0,1,0,2,0,3]
// [4,0,5,0,6,0]
// [0,4,0,5,0,6]]
// 行列aとベクトルvのクロネッカー積を計算し、その結果をエキスパートログに出力します。
// a.Kron(v)は、行列aの各要素とベクトルvの各要素を掛け合わせた結果の行列を生成します。
Print("行列aとベクトルvのクロネッカー積の結果:");
Print(a.Kron(v));
// 結果:
// [[1,2,2,4,3,6]
// [4,8,5,10,6,12]]
// クロネッカー積の計算が完了しました。
}
サンプルコード解説
このコードは、MQL5で行列やベクトルのクロネッカー積を計算し、その結果をエキスパートログに出力するスクリプトです。
1. スクリプトのエントリーポイント: OnStart関数
コードはOnStart関数から始まります。この関数は、スクリプトが実行されると最初に呼び出される特別な関数です。
スクリプト全体の目的は、以下を行うことです。
2. 行列a、行列b、ベクトルvの定義
コードの冒頭で、次の変数が定義されています。
(1) 行列aの定義
matrix型の変数a は、2行3列の行列として定義されています。
(2) 行列bの定義
matrix型の変数b は、Identity関数を使って定義されています。
Identity関数は、指定したサイズ(ここでは2×2)の単位行列を作成する関数です。単位行列とは、対角線上の要素がすべて1で、それ以外の要素がすべて0の行列のことです。
この場合、行列b は次のようになります。 [1 0] [0 1]
(3) ベクトルvの定義
vector型の変数v は、要素数が2のベクトルとして定義されています。
要素は [1, 2] です。
3. 行列aと行列bのクロネッカー積の計算
コード内の次の部分で、Kron関数を使って行列a と行列b のクロネッカー積を計算しています。
a.Kron(b) の処理
この場合、a.Kron(b) は次のようなクロネッカー積を計算します。
計算結果は次のようになります。
[[1,0,2,0,3,0], [0,1,0,2,0,3], [4,0,5,0,6,0], [0,4,0,5,0,6]]
Print関数の役割
Print関数は、計算結果をエキスパートログに出力します。このログは、MQL5のターミナル内で確認できます。
4. 行列aとベクトルvのクロネッカー積の計算
次の部分で、Kron関数を使って行列a とベクトルv のクロネッカー積を計算しています。
a.Kron(v) の処理
この場合、a.Kron(v) は次のようなクロネッカー積を計算します。
計算結果は次のようになります。
[[1,2,2,4,3,6], [4,8,5,10,6,12]]
5. まとめ
- matrix型や vector型を使って、行列やベクトルを定義しています。
- Kron関数は、行列やベクトルのクロネッカー積を計算します。
- 計算結果を Print関数でエキスパートログに出力しています。
- このスクリプトは、クロネッカー積の動作を確認するための基本的な例となっています。
クロネッカー積の活用例
クロネッカー積は、以下のような場面で利用できます。
- 信号処理での行列の拡張。
- シミュレーションや物理計算におけるデータの構造化。
- 金融計算におけるデータ変換。
このスクリプトは、これらの応用のための基本的な操作を理解するのに役立ちます。